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Vol.8 梅干し
江戸時代からの非常食としての役割
江戸後期になると、梅干は一般庶民の常備食品として、食卓にのぼるようになりました。
一部の人しか食べられていなかった梅干ですが、梅干や梅エキスが作られ始め、 一般の家庭でも広く食べられるようになりました。
江戸では、大晦日や節分の夜に「福茶」といって、 梅干しに熱いお茶を注いで飲む習慣ができました。
病気を避け福を呼び込むならわしですが、風邪をひいたり、胃腸を壊しやすい時期なので、 これに必要な健康対策として定着した庶民の知恵なんですね。
お正月には「食い積み」として神前に供える一品に、梅干も入るようになりました。
田辺藩は、田辺や南部の梅問屋を「梅干卸仕入方掛」に任命し、 南部を含む周辺の村から良質の梅干しを選び、「紀伊田辺産」の焼印を押した樽で 江戸へ出荷して人気を博しました。
これを江戸では「田辺印」の梅干といって、たいへん珍重したそうで、 その頃から和歌山の梅干しは有名だったわけです。
この頃から、しその葉を使って梅干しを赤く色づけするのが一般に広がり、 しそ梅干が普及したようです。
このように、いろいろな漬け方の種類が決まってきたのが江戸時代で、 また、古漬けの梅干しが「長寿の薬」として尊ばれるようになりました。 古い年数の梅干は旧家の証拠であり、たいへん貴重なものとされたそうです。
こうして梅は古来から、食用として用いられてきましたが、 その効用から薬用としても多く注目され始め、 長期保存ができるため、非常用の常備食としても置かれていました。 現在でも、非常食として注目されてますよね。
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